安間 吉保 (第72代)


 総合関関戦前夜祭にて

199141日の入学式の後、体育会の並々ならぬ勧誘を振り切り、最後の終着駅が
応援団でした。
高校時代は柔道をしており、弐段取得していたのでおぼろげに柔道をするんだろうなと
思っていた矢先でした。
いきなり両脇を二人の学ラン姿のお兄さん
(城守先輩:71代総務部長、
角田先輩
:71代リーダー部副部長)に掴まれて、そのまま当時の団長である山田先輩
の前に連れて行かれました。
凱風館の会議室では奥田君
(72代団長:旧姓高瀬)がテーブルの上で胡坐をかき、
セブンスターを吸っていた場面は今でも忘れません。

応援団で教えてもらったことで今でも教訓にしていることは
「いつでも
120%を出し続けること。100%は自分のため、プラスαが人に与えること
ができる力だ」ということです。
また「ぶっ倒れるまでやれ。今日の限界は明日の限界ではない」ということも
教えてもらいました。
応援団では、特にリーダー部では強制的に駆り立てられます。
その本当の理由が分かったのは
3回生以降でした。
人間誰しも弱いもので、訓練しなければ限界を超えるようなことは、
そう簡単にできるものではありません。
先輩方に怒られ、時に慰められて応援団の目指す「人格形成」がされていくのだと
思います。


能勢・妙見山にて 

さて、私にとって最後の学園祭の「乱舞祭
並びに後夜祭」は格別であったのは間違い
ありません。
しかし、私にとって最後の学園祭の
「乱舞祭並びに後夜祭」の本番は本番では
ありませんでした。

最後の全体練習が終了したときに本当の
意味での応援団生活が終了したと
感じました。
応援団は「結果」を求めているのではなく、
それまでに至る「過程(プロセス
))が
非常に大切だと思います。

また、最後までついて来てくれた後輩達、
暖かく見守って頂いた先輩方。
本当にありがとうございました。

一人でできることなど、タカが知れています。
だから「団」として一人一人が精一杯全力で
集まればすごい力になるんだと思います。

 
夏の強化練習にて; 体の硬い松木園君を左から筆者、星野君、大門君で柔らかくなるように・・・と。
それを支える澤内君。後ろで東君が笑って見ているが、当然この後参戦する。
 


 近況報告

たぶん同期の中でダントツに転職暦を持つのが私だと思います。
大学を離れ、三和銀行
(現三菱東京UFJ銀行)に入社し、丸四年の勤務を経て、
実家の運送会社に入りました。
ところが、父親との反りが合わずに飛び出すようなかたちでマーケティング会社
の矢野経済研究所に入社。
二年の勤務を経て、当時の上司と独立開業し、潟rジョンサーチ社を設立。
現在
5年目です。マーケティングやコンサルティングを行っています。
月の内、大阪の自宅で寝るのは
10日くらいの多忙な日々を送っています。
結婚
10年目ですが、妻とはあまり顔を合わさないので非常に
うまくいってい
(ると思い)ます

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