〜OB紹介〜

第37代
原田 信義
初代 監督
 

 監督制度が発足した経緯を知っておられる方は、少ないと

思われますので記述いたしたく。

 まず発足時期は1962年、現千成会会長 関根君が団長の
時であり、人数は当時3人で、故・村山弘先輩、
故・大西仙太郎先輩及び小生でした。村山先輩は大学の
職員をしておられ、「現役が団活動を行うにあたり、
相談する方を一本化にする為、大学に監督制度の設立を
要請したところ許可になった。ついては、村山、大西、原田の
3人で監督を行う。」と指名をいただき、就任いたしました。

 その年の応援団団報(VOL,7)に監督として=かく思う=
との題で小生の掲載文がありますが、その一部を紹介させて
頂きます。

 思うに、大学生は勉学を本分とするのは当然の事であるが、
我利勉は歓迎されない。だいいち健康に悪い。悔いのない
青春を過ごすには適当に楽しむ事だ。故に未だどのクラブにも
入部していない学生諸君は応援団に(このクラブは特に推薦
するが)、体育会系又は文化会のクラブに、あるいはその他の
クラブに所属して、学問以外の大学生活も体験せられる様
望む。4年間のクラブ生活に終止符を打ったときに考えて
見たまえ。きっとクラブ生活を体験した事が有意義であったと
感じるだろう。
 次に応援団員自身に望むことは・・・・・・・・・・・
・・・・・・・又、吹奏楽部の団員はただラッパを吹いて
腕が上達すれば良いと考え、上達する為に応援行事を控え目に
して練習を行い、時には向上心の余り、プロ的な信念を持つ
場合があるが、本来の使命を忘れる事なく、あくまで学生
バンドの範囲を超える事なく行動してほしい。要するに
全団員は寛容性を持ち大局的な信念を持って行動される事を
望むものである。

 上文は今から40年以上前に書いたものだが、現役諸君が
読んだら、どのように反論するか聞かしていただければ
幸いです。
原田 信義


次回は第76代 藤田 ゆとり(旧姓:手銭) さん です
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送